分娩牛を見守るための観察室

写真奥に見えるのが分娩房観察室です

根室管内にあるI牧場は現在、繋ぎ牛舎で酪農を営んでおり、
さらなる繁殖成績の向上を目指し、日頃から牛をよく観察し、
牧場内で一丸となって繁殖に取り組んでいます。

I牧場では、後継者がしっかりと実力をつけてきたこともあり、
今後を考えて乾乳牛舎を新築しました。
さすが今後を考えているだけあり、話を聞くと、
「この乾乳牛舎は、そのままフリーストールの本牛舎にも進化させられる」とのこと。
今は乾乳牛舎として使われていますが、繋ぎからフリーストールへという、
後継者の飼養管理の発展の手助けとなるであろう、
“将来の展望の可能性”の意味も込めたバトンとしての牛舎となっています。

そんな乾乳牛舎には分娩房がきっちりと整備されています。
(写真を撮ったときは分娩牛がいなかったので残念でした…)
そのすぐそばには、乾乳牛舎を建てる際に設計された
「分娩房観察室」がたたずんでいます。
Iさんは、「この観察室があれば、分娩する牛の観察もできるし、
家にいるよりも、牛を常に気にかけていられる」と、
昼夜を問わず、分娩牛を見守ることができる観察室はとても素晴らしい設備です。
きっとIさん達に見守られながら、元気な子牛が誕生していくことでしょう。

どうしても過密気味に…

根室管内・H牧場の乾乳牛舎です。
分娩2カ月前の初妊牛もいます。

牛舎内は換気良く、乾燥しています。
敷料も豊富です。

しかし、「どうしても過密気味になる時期があるんです」とHさんは言います。
増頭、増産、また暑熱で受胎がずれて分娩予定日が集中するなどの理由から、
同じ課題を持っている牧場は多いのではないでしょうか。

そのようなときに、「乾乳期間の短縮(30日乾乳)」はどうでしょうか?
詳しくは、本誌1月号「乾乳期間の短縮のメリットと注意点を整理する」をご覧ください。

また、「30日乾乳」を試した手応え、ご感想などがありましたら、
ぜひお寄せください。

時間をズラして少しでも働きやすく

十勝管内のΩ牧場では従業員の確保に悩んだ時期があったといいます。
ハローワークへ求人を出したとしても、酪農のキツいイメージがあるのに加えて、
朝の仕事開始時間が早いこともあり、なかなか応募がなかったそうです。

そこで、Ωさんは、「それなら朝の開始時間を少し遅くしたら…」と考え、
求人に掲載する朝の搾乳開始時間を、従来より1時間遅い6時からにしたそうです。
そうしたところ、以前より多くの応募がくるようになったと教えてくれました。

朝の搾乳開始時間を変えたため、はじめのうちは牛に影響はあったものの、
夕方の搾乳も1時間遅らせたことで、牛もそれに順応してくれたといいます。
しかし、搾乳時間を変えるためには、集乳の時間も考慮すべきで、
そこは農協に掛け合い、午後の集乳に変更してもらうことができたそうです。

Ωさんは「タイミングが良かったから時間を変えれた。運が良かった」と、
そのときに応募してくれた従業員と、今も息を合わせて牛を飼っています。

おしゃれな手作りオブジェ

釧路管内・N牧場の入口には、風でクルクルとよく回るオブジェが飾ってあります。
よく見ると、自転車の車輪と、
カツ丼などを作るときの専用鍋(「親子鍋」というのだそうです)を、
うまく組み合わせて作ってあります。

こうしたオブジェは、牧場に、よく合いますよね。
そして、とても、おしゃれに見えます。

お宅にも「手作りオブジェ」がありましたら、ぜひご紹介ください。
携帯写真でOKです。

共感でき、涙が出る


十勝管内の更別村にあるH牧場にお邪魔した際に
ある本を紹介していただきました。
それは、「北の農業改良普及員(北農道東 著/柏艪舎)」という本です。

この本は、戦後の東北海道農政に酪農畜産を普及させるため、
農業改良普及員として尽力し続けた人々の話を綴ったもの。
<ストーリーは、野付郡別海村中春別から始まり、花咲郡和田村、花咲郡歯舞村、
標津郡中標津町計根別、河東郡士幌町へと進んでいきます>
当時の苛酷な環境のなか、いかにして今日の酪農畜産の礎が築かれてきたのか、
戦後における北海道農業改革の歴史を垣間見ることができます。

Hさんは、「昔の苦労など、自分の父親世代の話でもあり、
読んでいくうちに共感でき、涙が出る」と話してくれました。
しかし、「今の若い世代には、時代も変わっているから、
そんな大変な時代もあったのか感じてくれたらいいのだけど」と苦笑い。
また、Hさんは本を読み進めていくうえで、
“日本人の善の心意気”を感じることができるともいいます。

酪農家の皆さん、機会があればぜひ読んでみてください。

 

著者・北農道東、本名「宮嶋芳雄」
本作主人公「宮嶋寅雄」の長男で、1949年に上川郡標茶町生まれ。
北海道東部において酪農畜産の普及に尽力する父の姿を幼い頃より目にし、
その活動の一部を書籍として残すため、残存する資料を基に本書を執筆。